Love from Down Under

雑記帳。

一瞬すぎた11月、帰国のこと

 

 ぼんやりしていたら11月が終わってしまう日である。ぼんやりしていたのはこのブログに対してだけで、あれやこれやとわりと忙しかったのだけど、相変わらず時間管理が下手すぎなので、このままいろんなことを来年に持ち越してしまわないように、12月はもうちょっとがんばろうと思う。

 3週間ちょっと後に帰国する。今年はありがたいことに2回目。今回は夫も一緒なのでいつもとはなんだか違う感じだ。年末年始に帰るのは、オーストラリアに移り住んでからなんと初めて。だから、6年ぶりの日本での年越しということになる。クリスマスがオーストラリアでは日本の正月みたいに、大切な家族と過ごす時期だから、なんとなく逃し続けていたのだ。夫は、正月が日本人にとってそういう、家族が集まるものだと知らなかったので、初めてお正月(年越し)は日本で過ごしたいって話したときに、すごくびっくりされた。「なんで教えてくれなかったの、早く言ってよ!」的に。言いそびれ続けて6年経ってしまっただけなんだけど、それを聴いたら私も、なんだ早く言えばよかった、と思った。家族と、というのもそうだけれど、なんとなく新年は寒いなか迎えたい。紅白とかお節料理とか、ないとなるとめちゃくちゃ恋しい。特に、紅白。なんでか……日本にいたときは真剣に観たことなんてなかったのに、観られない環境にいると観たくてたまらない。あれは、年を越します、というただそれだけといえばそれだけの瞬間に大きな役割を果たしていると思う。年越しそばはオーストラリアでも毎年食べていた。なんとなく、それも食べなければならないような気がして、ほかの何もないけど、そばならこっちでも作れるぞ、と夫や夫の両親もわたしの年越しそばにはつきあってくれた。でも、でもだ。暑いなか、解放的な服装をしているなか、年越しそばをかけこんでも、ちっとも年を越します感はしないのだ。毎年、泣きたくなるような美味しいお蕎麦ができるのだけど、若干本当に泣きそうになるのだけど、ちっとも年を越します感がしないのだ。だから、やっぱり寒いの嫌なくせに、寒いなかで新年を迎えたい、と今年は帰らせてもらう。

 同じく寒いの嫌いな夏男、夫が死にませんように。彼は日本がどれだけ寒いのか知らない。そして、わたしも6年間冬の日本を過ごしてないから、どれくらい寒かったのかたぶん忘れかけている。重ね着選手権、いや重ね着する優秀インナーすらないから、着いたらユニクロに駆け込むか、しまむらに駆け込むか、のわたしたちである。

 しかし、年末年始に帰るとやっぱバカ高いのね。国際線の航空券10月に買ったら普通に倍だったし(8月くらいまでに買えばそうでもないのだとか)、なんなら国内線は今月予約したら、わたしが普段買ってる値段の4倍くらいだったからもう死にそう。しばらくは年末年始には帰れないような気がするので、今回の帰国はめいいっぱい楽しみたいと思う。あとは円がもうちょっと上がってくれますように……。

 11月はいろいろなことがあって、書きたいことはたくさんあるんだけど、ひとつひとつ書いていけたらなと思う。やっぱり毎日なんて続かないからブログ、完全に向いてないと思うんだけど(笑)、なにも考えないとこのくらいの分量はぱっと書けちゃうから、何も考えないで書くのが一番だなと思った。

 さて、買い物して帰ろう。いま夫の両親が来ているから、なるべく日本食を作っている。日本食大好きな義両親でほんと幸せだ。

 

英語の動詞の活用ってセットで覚えないの?

 

 やー、また間が空いてしまった。良かったり悪かったり、浮き沈みのある最近だったけど、きのうめちゃくちゃいいことがあったので今日は元気。そして今日は夫のおばあちゃんに会いに行ってきたからますます今元気。1週間とちょっとぶりだったので、話すことがたくさん溜まっていた。近所のカフェでランチをしながらいろんなことを話してきた。
 もうすぐ91歳になるおばあちゃんは、面白くて愛らしくて、思慮深く、わたしからしてみればなかば仙人のような域の存在だ。少しの言葉でたくさん伝わってしまう不思議、90代の、しかも母語の異なるレディと話しているとは思えないほど話が通じるのでわたしはほんと幸せだなと思う。おばあちゃんとこの一週間のことを話していて、笑ったことの一つを書こうと思う。

ふと思い出した、ネイティヴのあたまのなか

 先週の土曜日、ある動詞のスペルをこれなんだっけ……って思ったので、なんにも考えず夫に「えーと、これの〜過去形はなんだっけ?」って聞いたらまあすぐ教えてくれたんだけど、ついいろんなことを忘れて、われわれ日本人が英単語の動詞を、原形・過去形・過去分詞、のセットで覚える感覚で、過去分詞はなんだっけ、って意味で「三番目はなんだっけ?ほら……三番目。」って聞いたら、「三番目はない。」って言われてズッコケそうになった。そして瞬時に、こちらに来たばかりのはじめの頃の出来事を思い出した。

 

原形・過去形・過去分詞で覚えない!?

 6年くらい前になるのでなんの単語だったかほんとに忘れてしまったのだけど、たしかこの単語の過去形はなんだっけ……みたいに同じように夫に質問したことがあった。すると、ハテナでいっぱいの顔をされた。"past tense?" goを例に挙げて、「goだとwentじゃない?」と、こう言ったらわかるだろうと疑いもなく続けたら、「goとwentは違う言葉だよ。」と返ってきたのだ。想像の斜め。違う!!! 違うといえば……違いますよね! 自分の見えている世界が“普通”だと思っていた。どうやらネイティヴは、わたしたち外国人が英語の動詞の活用を覚えるみたいな覚え方をしないのだ。なので、英語を外国人に教えたことのない、普通のただのネイティヴにとっては、なかなか意味の通じないことだったのだ。今はさすがにこのpast tenseはなんだっけ? と聞いたら答えてもらえるけれど(笑)。

ネイティヴは学校で英文法を習わない?

 

 今はどうなのかわからないけれど、少なくとも夫の年代では英語の文法を学校で習わなかったらしい。確かに、わたしたち日本人も、国語の文法それほどしっかり頭に入っていないからそれと同じことなのかもしれない。以来、英語の“なぜ”は夫ではなく、自分が英語を習っている先生に質問するようにしている。その方が早くて確実だから。夫が答えられるのは、それがあってるか、あってないか、だけなのである。最近ではもう辞書を持ち歩いてないし、携帯で確認するのも面倒だったから、何気なく聞いてみたんだけど、そ、そうだった! と思い出した(笑)。ちなみに、動詞とか形容詞、副詞などの品詞名を言ったって通じない。何が何という品詞、だなんてわかっていない。文章で言ってもらうとわたしはわかるから、品詞としてはなんに当たるのか知りたいときは文章で言ってもらうようにしている。逆にわたしがたまに「これって形容詞?」って聞かれたりもする。スペルもちゃんとわかっていないことあり。それはわたしたち日本人が漢字を書くとき、あれこうだったっけ……? ってなるのとまあ同じだろう。というわけで、わたしに見えている言語としての英語(成り立ちの)世界と、夫のそれとではまるで違う、ということを久しぶりに思い出した。


ただのネイティヴは外国人に英語を教えられない


 たまに、だんなさんがネイティヴでいいよね、英語すぐできるようになったでしょ、とかただで英語習えていいよね、とか言われることがあったんだけど、ネイティヴは非ネイティヴの“なぜ”に対してわかるように説明することが出来ないから、習うにはすぐ限界がくる。だからわたしはかなり本気で一生懸命英語を勉強をした。そして今もしている。大学受験のために覚えた英語なんてひとつも話す英語には使えなかった。そもそも書く英語と話す英語は違う、というのも知らなかった。もちろん、ネイティヴが使う表現はたくさん、早く覚えたと思う。いわば赤ちゃんみたいなものだからね。けれども、ペラペラにはどうしたってまだほど遠いし、勉強してもしても知らないことはちっともなくならない。救いなのは、自分がもともと言葉が好きで、言語に対する興味が尽きないということだ。大変だけど、はっきり言って楽しい。まだまだペラペラの域ではないけれど、どうしたらいち早く話せるようになるかというシンプルな方法はわかっているので、これから英語習得についてもちょこちょこ書いていこうと思う。
 
 うわあ、陽が長くなったな、まだ明るい(18:20)。買い物して帰ろう。では、また!

 

自分すら外向的だと思っていた内向的なわたし

 風が気持ちよく通るカフェにいる。ここにいるといいニュースが舞い込んできたり、書きものや勉強がはかどったり、ただ気分があがったりするので、自然と足が向くのだ。ここにかぎらず、自分が感覚的に「正しい」と感じる場所はパースのなかにいくつかあって、最近はなるべくそういう自分の感覚を大事に、過ごす場所を選ぶようにしている。
 一緒に過ごす相手にも同じことが言える。自然に、合うひとと一緒にいるようになるものだ。波長が合う、とかいうしね。わたしは社交的に思われがちなんだけどけっこう人見知りで、あまり知らないひとたちのなかにいるのが苦痛でたまらない。若い頃は気がつかなかった。自分では自分のことを社交的、外向的だと思っていたのだ。人が大勢集まるところにしょっちゅう行っていたし、苦でもなんでもなかった。では、突然私は内向的になったのか? わたしが行っていたのはおもにライヴイベントとかクラブイベントだったので、ひとと「話すことが目的」の場所ではなかったから、のようだ。話したくなかったら話さなくてもいい場所、と言ったほうがいいか。話すことは、1対1なら大好きだ。深い話をするのが好き、だから冗談とか噂話とか、ネガティヴな内容ではなくても、うわべだけのとくに意味深くない話だとつまらなく思ってしまう。ていうか、そんな暇あったら本が読みたい。オーストラリアに来て、なんか最初しんどかったのは、ひとと会ったときある程度自分のことを話さなければならなかったことだ。はじめは英語があまり話せなかったってのもあるんだろうけど、なんだ、この誰とでも自分のことを交えた世間話を展開しなければならない、いや、ならないわけではないんだろうけれど、それが普通、な日常。あと、カップル行動が普通、ってのもけっこうあると思う。とにかく、あまり知らないひとに、自分のことなんて話したくないのだ。small talkが苦手なのだ。この前、わたしはシェアフラットに住んだことがないけれど、友人が屋内でフラットメイトに出くわしただけなのに世間話をしないとただすれ違えない、それが面倒臭いって言ってて笑ってしまった。わかる。住んだことないのにわかる! やあ! じゃすれ違えない感じ……わかるよ(笑)。

 最近はどこへでもは出かけない。ひとりの時間が大切だし、エネルギーに左右される体質ゆえ、適度に休まないと身体がもたないから。大丈夫な場所、ひと、ほかのスケジュールとのバランス、タイミングで、めちゃくちゃ慎重に選んで出かけるようにしている。自分が連絡しようと思ってたひとから連絡がくることがけっこうあるから、そういうのに身をゆだねるようにもしている。これもまた大きな枠で見た、波長の話なんだろうな、と。自分の状態がいいときは、とくに頻発するから自分をはかるもののひとつとしても気にしている。何にも無理をしなくなった。だから前よりはずっと楽に生きている。何に対するときも、自分にとって「正しい」、'feeling right' という感覚にはつねに敏感で、忠実でありたい。

人生のレッスン

 なんだかしんどい一週間だった、そして忙しかった。充実していたからいい忙しさだけど。しんどいというのは、首・肩の凝りがひどくていつもだるい、頭痛がする、というやつが今週ひどくずーんときた。要因はいろいろ複雑なんだけど一番は運動不足だろうな。いや、加齢か(笑)。ウェイトレスのバイト辞めてから太ったから、あの仕事ものすごくカロリー消費してたんだなー。自律神経がうまく働いていない(あるいは狂いやすい)と自覚しているので、自律神経が整うようにと普段から意識して生活してはいるのだけど、なかなか改善が難しく、つきあっていくしかない域なのかとなかば絶望気味である。そういえば、レイキをはじめた理由のひとつに、この自分の困っている症状を自分でなんとかしようと思った、というのもある。筋肉の凝りだからエネルギー・ヒーリングが必ず効く、という確信はないけれど、助けにはなると思って。実際、ちゃんとセルフトリートメントできているときは調子がいい。ところが、あまりだるいとレイキの練習をする気力も失われてしまう。毎日の日課にしてしまわないといけないのだけれど、日々体調にもメンタルにも波があるから、できる範囲でやっている感じ。わかったことは、瞑想+セルフトリートメントを毎日やっていると身心ともに調子がいいし、嫌なことにも出くわさないということ。=毎日やってないともろもろのバランスが崩れる。バランスってとても大事だなと思う。

 ひとにたくさんあった週でもあった、刺激を受け、いろいろなことを考えた。いいことも、悪いこともあった。悪いことにへこまなくなったので、悪い、とも言えないのだけれど。金星が逆行中で、いろいろと象徴的なことがわたしにも起こっている。でもすべては人生のレッスンであり、それぞれが深い意味をもっているのだから、受け止めるようにしている。宇宙という時計、これをわかっているのといないのとでは、何かが起きたときの心のブレようがまったく違うので、天文学や占星術に興味をもっていて本当によかったなあと思う。(わたしは占星術家ではないので詳しい記述はしないけれど、気になる方は、“金星 逆行 意味”とかでググってみてください)

 わたしたちは人生のなかで本当にたくさんのレッスンをもつ。それぞれが人生の一部だけれど、ふり返ってみてもそのどれからも完全に学び、理解したとは言えないだろう。レッスンはかたちを変え、ひとを変え、似たようなタイプ、パターンでくり返しわたしたちの人生にやってくる。ただ気分を害したりドラマにしてしまうのは簡単。いつもそうなっていたけど、いまはそうならない。なぜ、それが自分のところにやってくるか、を考えることが大事だとわかったから。レッスンの意味を解読する楽しみが、心の余裕が、いまのわたしにはある。
 

エンパスについて

 毎日書くつもりが簡単に一週間過ぎてしまった、これではいけない。先週は中盤以降けっこう忙しくて、空いた時間は休むことに徹していた。体調も少し崩していた。そんなことは関係ないくらい、軽い感じでこのブログは書くつもりでいたのにな。先々週、友人から突然もらったメッセージに、わたしと、「書くこととの、近さ」についてあって、なんだかものすごく感動した。このブログも、なんでもいいから毎日書くことで、(日本語で)書くことの近くにいよう、とはじめたのだった。わかってくれてるなぁ……とじんときた。それからもう一つ、エンパスについて、もっと広めようと思ってはじめたのだった。なのに、まだこれといってエンパスについて書いてない(笑)。

 エンパスとは、というのはググればある程度わかるので、「何であるか」という部分は省略する。わたしは、わたしについてを書こうと思う。まず、わたしが自分はエンパスなんじゃないかとなんとなく思ったのは、10年くらい前なのだけれど、きちんと自覚して生きはじめたのは2年半前のことである。自覚して生きはじめたら、すべてがクリアになった。そして楽に。自分を守る方法を身につけたし、それで具合が悪くなることも減った。
 私の場合、気(エネルギー)にもっとも影響を受ける。目に見えて、今日はこの影響を受けたな、とわかる日もあれば、まったくわからずに家に帰っていきなりぶっ倒れる、ということもある。夫の持ち家であるにもかかわらず、二年前に引っ越したのは、その土地に残るエネルギー(残留思念)の影響を受けていたからだ。悪いものの、ではなかったんだけど、身体に影響が出ていたので仕方なく。うーん、ほかには何があるかな。あ、人の考えていることがわかる。言葉にされていないことがわかってしまう。なので、嘘をついている人も当然わかる(まあこれはエンパスでなくてもわかったりするよね)。いい言葉をかけられたとしても、それをその人が本心でそう言っているかどうかもわかる。世辞かどうかってことか。人の気持ち、感情が容易く移るので、自分の感情ではないのに涙が出たり、身体に痛みを覚えたりも。仲が良い、知っている知らない、も関係ない。だから、大変。都心に住んでいるあいだ、具合が悪かったはずだよな〜(笑)。

 あらゆる防御法を学び、いまはすっかり生きやすくなった。メンタルが弱ることもなくなった。なかでも一番簡単なのは、ラベンダーのエッセンシャルオイルを首のうしろにつけること。盆の窪、といって霊が乗り移るときそこから入るというところ。そこを封じるとよいのだ。東京で人混みに入るとき実際つけ忘れたらぶっ倒れたので、効いていると思う。ちなみに、わたしが今住んでいるパースには、やられるほどの人混みがないから助かっている。アリーナ行くときくらいかな、つけるのは(笑)。あとボランティアの日、か。

 自身がエンパスでヒーラーなひとはたくさんいるみたいだ。わたしはヒーラーになるつもりはなかったのだけれど、いろんなことが合わさって、レイキにたどり着いた。レイキはEnergy Medicine(エネルギー・ワーク)のひとつだ。日本発祥なのに、まさかの英語で習う、という可笑しなことになってしまった。いまのところ、自分のために励んでいる。頼まれたら、家族や友達、その動物たちにしている。エネルギーとは、宇宙だし、宇宙っていったら、エネルギーだし、もう笑ってしまうよ。でもつながってしまったよ。

 きっかけは愛猫の死だし、日本人霊能師Rさんのおかげだし、一緒にコースをはじめた親友のおかげだ。あと、そうだ。このページがすべてを教えてくれた。https://www.facebook.com/empathsoldsoulsintroverts/

 このページと本『Empath, Old Souls & Introverts』の著者であるAlex Mylesさんの言葉で、全部つながってしまった。このebookなんでこんなに安いんだ、英語わかる方は、英語のほうがすっと入ってきたりするのでおすすめ。日本円で¥187。わたしもポチりました〜。

www.etsy.com

 

 

 はじめはAlexさんのエンパスや占星術についての記事が好きで、よく読んでたんだけれど、なんと彼女自身もレイキマスターであるとわかり、仰天。どうやらやるしかないようだ。

図書館

 図書館が昔から好きなのだけれど、オーストラリアでは、ぱっと入る勇気がなんだかなく、最初の数年はあまり利用していなかった。なんでだったんだろう、と今は思うのだけれど、入ってみたらなんてことはなく、むしろ日本の図書館よりもゆるい雰囲気で過ごしやすかった。もちろん、図書館にもよる。図書館ならではの少しの緊張感が漂う図書館もあれば、私が今いる地域の小さな図書館のように、こじんまりしているけれど、静かであまり緊張感の漂わない図書館もある。私の住む市には3つの公立図書館があり、いまそのうちの一つに来ている。すっかり気に入ったので、家の近くの大きい方よりもこちらに来ようと思う。

 今日は市役所に猫の登録申請に行ってきた。去年はオンラインでしたからタグが届くのに数日かかったんだけど、今日はオフィスに直接来てみたら、その場で手続きが終了し、タグももらえた。オランド―はリニューアルで、ブランカは新しく登録。外猫ではないんだけれど、念のため。あ、いや念のためではないか、マイクロチップと去勢・避妊に加え、法律で義務づけられています(Cat Act 2011)。そして、誤って外に出てしまい迷子になった場合、見つかる可能性が低いのは家猫の方なのだそう……。対応してくれたオフィサーが若い女性だったのだが、しきりに「時間がかかっていてごめんなさい」「コンピューターの反応が遅くて」、と気にしていたのだけど、その気の遣いようと実際の時間のかかっていなさに驚くばかり。オーストラリアの対応の普通に慣れてしまいすぎたのかな(笑)。どうしてこの人はこんなにも気を遣うのか、しかもぜんぜん私待たされてないのに! と。やっぱり、人対人のがいいなあと来年も手続きはオフィスでしようと思った。この街に住んで3年目になるというのに、市役所に初めて来たよ。そのことにもびっくり。

 というわけで、そのすぐ隣にある図書館に入ってみた、というわけなのだ。たぶん、ここはうちから車で15分くらいかな、空調も寒すぎず静かで心地いい。仕切りのある勉強机があって、受験生のときの感覚を思い出した。読みもの、書きものをしばらくして帰ろうと思う。やっぱり集中するには、カフェより図書館だな。今まで通っていたいろいろな図書館を思い出してみる。でもあまり勉強はしてなかったなあ。する気では行くんだけど。図書館にいることが好きだったのかなあ。それぞれの図書館の雰囲気が違っていておもしろい。来るひとによるのか、場所柄というのもあるのか。

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図書館の前にこんな標識が……。すぐそばにはなんと!

 

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ワンちゃんはここにつないでね、と。こういうの、オーストラリアっぽいな〜。

 


 次帰国するときは、自分の好きだった図書館に足を運んでみようと思う。

オーストラリア出身バンド、Parcels待望のデビュー・アルバム本日リリース!

 私も、“オーストラリア出身の超大型新人バンド”と書くべきか。よく知らないでこのデビュー・アルバムから先行配信されていたシングル3曲を聴いて、すっかり気に入っていたんだけど、なんだ、ほんとに“大型新人バンド”! たまに、大スター輩出するよね、オーストラリア。ちなみに、Tame Impalaはここパースの出身!

 

 オーストラリアはNSWのバイロン・ベイ出身の5人組、ところが高校を卒業してドイツはベルリンに移住し、現在も拠点はベルリン。バイロン・ベイ、私は行ったことがないのだけど、どうも小さなサーファーの街らしい。サーフ・カルチャーで育った彼らは70-80年代のディスコ、ファンク、ソウルの影響を強く受けており、音的にはエレクトロ・ポップとディスコ・ソウルが融合したような感じだ。軽い、心地良い、なんかクセになる。2014年、本格的に活動を開始したのもベルリン、というから驚き。まさに満を持して、のこちらのデビュー・アルバム『Parcels』はセルフ・プロデュース、フランスのレーベルKitsuné とBecause Musicより共同リリースされた。

 

キャッチーで私の脳内再生率高い、先行シングル「Tieduprightnow」

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私が好きなのは先月リリースされたばかりのシングル「Lightenup」

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もう1曲の7月リリースのシングル「Bemyself」はライヴ・ヴァージョンで貼ってみる。

youtu.be

ゆるいな〜、20歳くらいの若者たち、いや、現代のひとたちにも見えないぞ……!いいなあ。気に入ったら、ぜひアルバムごと聴いてみてください。

 

geo.itunes.apple.com

今、外の雨音とこのアルバム聴いているのだけど、なんだかすごく気持ちいい。

そう、私はわりと最近知ったからさかのぼるかたちで追いかけたのだけれど、もう来日済みなのだね。きっと来年は日本のフェスにやってくるね。フジで観てみたいなあ。それで、このアルバムツアーでパースにはいつ来るかな? と調べたら……こ、来ねえ! ほんとビッグ・スター(笑)。アルバムのリリース(ワールド)ツアーで、すっ飛ばされるパースよ。(←よくある)

 2017年にダフト・パンクと共作、共同プロデュースによるシングル「Overnight」が大きな話題を呼んだ。日本語の記事では“ダフト・パンクプロデュース”、とか“ダフト・パンク全面プロデュース”というのをよく目にするのだけど、英語で読んでる限りでは、どうもフランスでのパーセルズの初ライヴを観たダフト・パンクが気に入り、コラボレイトすることになった、というのが正しいもよう。

"So who exactly is Parcels, and how did their co-written, co-produced collaboration, “Overnight,” with Daft Punk come about?"

''From the start to the finish it was an equal collaboration with no pressure, only a desire to create something meaningful together.'' 

https://theculturetrip.com/pacific/australia/articles/who-is-parcels-the-australian-band-daft-punk-just-randomly-co-signed/

(こちらの記事より抜粋)

 

 注目を浴びたコラボシングルはこちら

geo.itunes.apple.com

 

中には、本作『Parcels』を、Twitterで“ダフト・パンクプロデュース!!” って書いてるヒドイCDショップありましたけど(笑)。セルフ・プロデュースですよ〜!そこ、大事! いつまでもダフト・パンクダフト・パンク言われてかわいそうよ〜。


Parcels Official Website
https://www.parcelsmusic.com



今日はほんとはAgusti´n Pereyra Lucenaについて書こうと思ってたのに、iTunesに全曲きてたから急遽変更したのだった。
日付が変わってしまったけれど、本日とは10月12日、発売でした。
では、また!